【企業研究】コロナ禍を経たJR九州の大変貌 鉄道プラットフォームと都市開発

九州旅客鉄道(株)

 JR九州の2025年3月期決算は、営業収益とEBITDAが過去最高を更新し、同社がキャッシュを創出する体質へ転換したことを鮮明に示した。だが広域路線網のなかで特定駅への集中投資によって人流と資本を集約する戦略は、公共事業である鉄道プラットフォームの一方的な利用に依存していることは見過ごせない。過去最高収益の更新を目指す同社は今後どのような方向性を示すのか。

売上、EBITDA過去最高 キャッシュを生む体質へ

 九州旅客鉄道(株)(以下、JR九州)の2025年3月期決算は、売上高にあたる営業収益が4,543億9,300万円、営業利益に減価償却費を加算したEBITDAは959億5,500万円となり、いずれも19年3月期の過去最高を更新した。営業利益、経常利益、当期純利益では18年3月期の過去最高におよばなかったものの、営業収益とEBITDAが過去最高となったことは、成長の原資となる「キャッシュ」を生み出す力が最高潮にあることを示している。

 その結果、キャッシュフロー(CF)にも大きな変化が見られる。25年3月期の営業CFは過去最高を更新して966億6,900万円となった。投資CFは前期におよばなかったものの、財務CFは18年3月期以来初めてマイナスに転じた。これは有利子負債の削減と、自社株買い、配当増額によるもので、同社が不動産開発といった成長投資ばかりではなく財務にも資金を投入する、守りから攻めへの財務戦略へ転換していることを読み取ることができる。

 この背景には同社の収益構造の変化がある。セグメント別に見ると、運輸サービスの売上高は1,643億4,700万円(全体に占める構成比:36.2%)と1,800億円台に達していたコロナ禍前の水準には届かず、営業利益では121億8,600万円(同20.3%)と18年3月期の292億円の半分以下にとどまっている。だが不動産・ホテルの売上高は1,383億8,800万円(同30.5%)となり、さらに営業利益では不動産賃貸業が182億1,500万円(同30.4%)、不動産販売業が64億6,000万円(10.8%)、ホテル業が68億800万円(11.3%)で、営業利益全体に占める割合は不動産事業だけで41.2%、ホテル業まで含めると52.6%に達した。コロナ禍前の19年3月期の営業利益構成は、運輸サービス42.4%、不動産・ホテル36.7%であり大きく変化した。

JR九州の収益構造 大手私鉄型へ

 【表】は、上場しているJR4社と大手私鉄の売上高上位10社の25年3月期業績と、そのなかの鉄道事業、不動産事業などをまとめたものだ。このなかでJR九州の位置づけを見てみる。

 まずJR4社のなかで、JR九州は営業収益が最も小さい。JR九州は1987年の国鉄分割・民営化にあたって採算性の確保が厳しいとされた「三島会社」(JR北海道、JR四国、JR九州)の1社で、経営安定基金による補助の対象とされたが、その後黒字化をはたし、16年に上場、基金の対象から外れた経緯がある。上場をはたしたとはいえ、三大都市圏を押さえて採算性にめぐまれているJR東日本、JR東海、JR西日本の3社と、JR九州の間では営業収益に大きな差がある。とくに鉄道事業の売上規模は圧倒的な開きがあり、3社の鉄道事業の売上高が全体に占める構成比は60%を超え、なかでも東海道新幹線を有するJR東海は80%超に達しており、鉄道事業が主力である。他方、大手私鉄は元来多様な事業分野を有する企業が多いため、鉄道事業の売上構成比は小さい。さまざまな事業分野を有するなかで、不動産事業は多くの私鉄にとって主要な事業分野の1つになっている。

 コロナ禍前の19年からの変化について概観すると、鉄道事業の売上高は多くの事業者で19年比マイナスとなっており回復していないことがわかる。JR九州はとくに回復が遅れているうちの1社だ。次に不動産事業(JR九州とJR東日本は不動産とホテルが同一セグメントのためホテルを含む)の売上高は、すべての事業者で19年比で増加している。西武HDの増加率が突出しているが、これは不動産の流動化を行ったことによる一時的なものだ。これを除くとJR九州が90.4%と最も伸び率が高い。「振幅指標」は、不動産事業の19年比ポイントから鉄道事業の19年比ポイントを引いた値で、鉄道事業から不動産事業への振れ幅を示す独自指標だが、これを見るとJR九州が他社と比べてとくに大きい。このことからJR九州はコロナ禍を経て、収益の比重が鉄道事業から不動産事業へと最も大きく変化した鉄道事業者であることがわかる。このようにJR九州の収益構造の変化は、ある意味、同社のビジネスモデルがJR(旧・国鉄)型から大手私鉄型へ変化しているとみることができる。

鉄道基盤の都市開発 人流、開発、資金回収

 大手私鉄は、西鉄を除いていずれも三大都市圏を中心とした鉄道事業者だ。大都市圏の膨大な移動人口を背景に、大手私鉄は都心と郊外を結ぶ通勤・通学の足として機能することで、人流の出入り口である駅を起点に安定的かつ膨大な人流を周囲に創出する。この安定した人の流れは、マンション、オフィス、商業施設、その他の都市機能への需要を駅周辺に生み出す。そこへ鉄道事業者は、自ら不動産開発事業者となって駅周辺に資本を集中投下する。駅前は交通利便性と集客力が結びつき、さらに居住性の高い施設によって街のブランド価値が上昇し、高い収益力を確保することができる。このように鉄道事業者の駅前開発は、鉄道事業への投資を人流創出に結びつけ、駅周辺の不動産開発によって効率的に資本回収を行う収益構造を築いている。

 都市開発事業者の視点で見たとき、公共交通機関は安定して予測可能な移動需要を生み出す「人流創出装置」として機能している。JR九州が各都市のターミナル駅で展開する駅ビル型商業施設「アミュプラザ」や隣接するホテル施設などを見ると、まさに同じ都市開発モデルのように見える。

 だが、JR九州は事業エリアとして九州全体という広い路線網をもち、大都市の私鉄のように人口集積が進んだ都市部だけを事業エリアとしていない。【表】の路線の営業キロを見ると、JR4社と私鉄の差は明らかだ。また、鉄道事業の売上高を営業キロで割った値を、キロあたり収益効率として考えると、全事業者のなかでJR九州が圧倒的に低い。このように収益効率が低い鉄道網を抱えたJR九州の都市開発モデルは、広い路線網のなかで特定のターミナル駅に絞り込んで資本を集中投下し、そこに人流を集積させることによって資金回収するという事業モデルになっている。

公共事業と営利追及 一方的利用は不可避

 先述したようにJR九州は、鉄道事業の採算化が容易ではないとして民営化当初は経営安定基金の対象だったが、鉄道事業の合理化と事業多角化によって財務健全化を達成し、16年に上場、補助対象から外れて完全民営化を達成した。JR九州は上場企業として株主利益を追求する企業となった。だが鉄道事業は公共交通事業であり、宮崎、大分、鹿児島などを中心に大きな営業赤字を出しながら運行を続けている路線がある。他方、鉄道事業以外の部門、都市開発を行う不動産やホテル事業は利益を追求する事業部門として、JR九州全体の利益を牽引している。

 1つの企業でありながら、公共的事業部門と営利を追求する部門を併せ持つ事業者はほかの業態にもある。その場合、公共部門の非営利性と、営利追及部門の公正さとバランスが求められる。だがJR九州の特徴は、公共部門である鉄道事業が人流を創出する巨大なプラットフォームとして機能し、そのうえに収益装置としての不動産などが配置されて収益化が設計されているということだ。つまり、鉄道事業で創出される人流を利用して都市開発で大きな利益を生み出すことは可能だが、その逆に、非採算路線に都市開発を持ち込んでも全体の採算化を図ることは不可能だ。都市開発は一方的に鉄道事業を利用する立場であり、鉄道事業のために都市開発が利用されることはない。

 JR九州は上場企業として企業全体の採算化が絶対条件である以上、公共事業の公平性よりも都市開発による採算化を重視せざるを得ず、それを目的に鉄道×都市開発のシナジーを設計することになる。鉄道の赤字路線は、公共事業の建前として維持されるものの、基本的に鉄道事業は収益部門である都市開発に利用されるかたちで最適化され、それが全体の事業存続のためにも必要なこととして正当化される。地方はギリギリの状態で表面的に公共事業が維持され、都市への資本と利益集中されるという、再分配なき再開発の構図が強められていくことになる。

移動が不安定化する時代 人流に頼らない収益構造へ

 公共鉄道事業が創出する人流に依存した収益化戦略は、JR九州にとっても課題を与えている。19年比で鉄道事業の収益が回復していないように、鉄道の利用旅客数は今後も、人口減少や働き方の多様化による通勤客の減少、LCCとの競合などによって減少していくものとみられる。その他にも観光需要の変動といった不安定要因とともに、再び訪れるかもしれないネクストパンデミックの可能性もあり、人流に依存することは、同社の収益構造の脆弱性として大きなリスクになっている。

 そこでJR九州は2025-27年中期経営計画で「人流に依存しない事業領域の拡張」を重要目標の1つに掲げた。これは「人の移動が不安定化する時代」への備えとして収益構造の改革を目指すものだ。具体的には、既存事業のうち人流に左右されない不動産事業の強化や、グループ内の建設部門をBtoBビジネスとして拡大することなどを挙げるが、新しい事業分野としてとくに注力していくのが物流施設への投資だ。昨年から同社は物流施設開発に参入し、小郡市、苅田町、埼玉県三郷市、佐賀県神崎市と、用地取得と施設の開発着工を次々に進めている。物流施設事業は「LOGI STATION」というブランド名で構築を進めており、Eコマースの拡大による物流需要の増加を見越しての参入だが、将来的に旅客輸送が減少する鉄道インフラを貨物輸送に振り分けることによる鉄道・道路物流の連携などが期待される。

さらに高収益へ

 JR九州は4月1日から運賃の値上げ改定を行った。これは消費税増税を除けば1996年以来29年ぶりの改定で、普通運賃は平均14.6%の値上げ。初乗り運賃は170円から200円へ。通勤定期は平均30.3%の値上げ。通学定期は平均16.0%の値上げとなった。新幹線特急料金は平均12.4%の値上げだが、九州新幹線の一部区間や西九州新幹線の特急料金は据え置かれている。値上げの結果、26年3月期の運輸サービスのセグメント売上高(調整前)は1,847億円で19年3月期以来の1,800億円台に乗り、セグメント営業利益は206億円でコロナ禍前の水準回復を見込む。

 JR九州の26年3月期の業績予想は、営業収益4,833億円(前期比6.4%増)、営業利益676億円(同14.6%増)、EBITDA1,064億円(同10.9%増)、経常利益659億円(同10.6%増)、当期純利益511億円(同17.0%増)で、経常利益以外で過去最高を更新することを見込む。同社は不動産開発をけん引役として投資と収益の循環をさらに加速させ、キャッシュを生む企業として体質を強化させていく。

 人口流出による地方の衰退が避けられないなかで、九州一体に鉄道網をほこる最大のプラットフォーム事業者であるJR九州の鉄道戦略と収益事業の行方が注目される。

【寺村朋輝】


<COMPANY INFORMATION>
代 表:古宮洋二ほか1名
所在地:福岡市博多区博多駅前3-25-21
設 立:1987年4月
資本金:160億円
売上高:(25/3連結)4,543億9,300万円

関連キーワード

関連記事

OSZAR »
OSZAR »